皆さんは夜の営み中に靴を履くことについてどう思いますか?
夜の営みと靴。今回はそのことまつわる興味深い事件の話をしようと思います。
時は30年代まで遡ります。
昭和35年6月23日、大阪地方裁判所である一つの判決が下されました。
この判決の事案は次のようなものでした。
A子(原告、27歳、薬剤師)とB夫(被告、36歳、会社勤務)は、お見合い結婚をした夫婦であった。
ところが、A子は結婚前後からB夫の行動や性格に対して色々と不安や不満がありました
結局A子は、B夫との結婚生活に耐えきれず結婚から1年ほどしてB夫に離婚の意思を伝えたところ、B夫は離婚に納得のしない様子。
結果離婚訴訟に至ったというのがこの事件の概要です。
しかし、この事件の一番興味深いポイントは、A子がB夫と離婚しようと決意した最大の理由なのです。
その理由とは、性生活の苦痛にあります。では、A子はB夫との性生活のどんな点に苦痛を感じたのでしょうか?
新婚旅行の際、実はB夫には奇妙な性癖があることが発覚します。
新婚旅行に出発する際、A子はB夫から足が疲れるからと靴を二足用意しておくようにと言われ、持参しました。
新婚旅行先の熱海の旅館に到着するとB夫はなぜか余分に持ってきた靴を部屋に持ち込みました。
そして二人は熱海で初夜を迎えるのですが…なんとB夫は布団の上でA子に履かせ、伝統の灯りの下で
靴を履いたまま性交に応じているA子の姿態を眺めつつ射精するのです。
B夫のこの奇妙な性癖は、その後新婚生活に入ってからも続きます。
性交の際には必ずA子に靴を履くことを要求するのです。しかも始末に悪いことに、このB夫、
人並み以上に性欲が強かったのです。
A子は性交の度毎に靴を穿かされるので、その度に甚だしい嫌悪感に襲われ、性生活に好感よりも
むしろ深刻な苦痛を感じるようになります。
性交の際に靴を履かせてくるというアブノーマル過ぎる夫の性癖に嫌気がさし、A子は離婚を決意
したのです。
では、アブノーマルな性癖を理由に離婚することなどできるのでしょうか?
離婚したいと思ってもそう容易には離婚はできないのです。
ご存知の通り、離婚請求が認められるのは以下のケースだけです。
民法770条
①配偶者に不貞行為があったとき
②配偶者に悪意で遺棄されたとき
③配偶者の生死が3年以上明らかでないとき
④配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき
⑤その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき
今回の事件では⑤が問題になりました。
すなわち、夜の営みの際に靴を履かせるアブノーマルな性癖をが「婚姻を継続し難い重大な事由」に
当たるのかが争われました。
では、裁判所はこの点についてどのような判断を下したのでしょうか?
B夫側の主張は、妻の言い分は全て嘘だというものでしたが、裁判所はその主張を退け次のように述べて
A子の主張を認めました。曰く…
確かに、夫婦の性格の相違による不和や経済生活上の不満だけでは、婚姻を継続し難い重大な事由が
あるということはできません。
しかし、性交の際にA子に靴を履かせる行為は、性感の増進を目的として一般に行われるべき性的
技巧等とは異なり、相当な異様な性交方法であって、正常な性行為の範囲に属するものではない!
もちろん異様な性交方法であっても、相手の完全な了解があれば別に問題ないよ!
けれども、今回のようにA子がこの性交方法を極度に嫌がっているのに、A子の意思を無視して、
自分の欲望を満足させるためだけにその行為を反復継続するのは、到底許し難い。
まして元来汚い物である靴を、寝室の布団の上で性行為の途中ではかされることは耐え難い不潔感を
感じさせるし、若い女性がそれに嫌悪感を抱くのは無理もない。
よって、結婚生活の基本となるべき性生活について、A子とB夫にこのような絶望的な不調和がある以上、
婚姻生活を継続することはA子にとって過酷であるから、A子の離婚請求を認める!
おおよそこのように判断をして、A子の請求を認めたのでした。
こうしてA子は、アブノーマル夫から無事に逃げることができたのでした。
何を持ってアブノーマルな営みというのか、どういうアブノーマルな
性癖が離婚事由になるのかは、時代毎や裁判官によっても異なりますが、なんにせよ相手が了解していない一方的な
性癖は相手に不快感を引き起こすし、場合によっては離婚事由になるということがこの事件からよくわかりますね。