最近思うんですけどね
日記って自分の恥部をさらす練習なのかなと思ったりするんですよね
この言い回しはちがったな、
もうちょっといいオチにできたよな、
もう少し深掘りできたけど時間足りない…
って妥協や自分の表現力や解釈の限界を発信してる
その時々の自分の脳みその内側をみせてるような
後から見返すと少し恥ずかしくなったりする時
結構あるんです
でもセラピストにおいて
恥と向き合うのはけっこう大事なことで
セラピストの存在意義の一つに
本来外には出してはいけない
タブーとされるような
恥ずべき考え、欲求を引き出す
ってのもあると思ってまして
もちろん
「こんなこと言ったら引かれるかな」
「こんなこと思う自分って変なのかな」
っていう気持ちがあるからこそ
なかなか人には言えないわけで
でも
誰にも言えないからこそ
誰かに聞いてほしい
という気持ちも
どこかにはあったりするんですよね
だからセラピストは
無理やり引き出すんじゃなくて
「ここなら出しても大丈夫」
と思ってもらえる場所を作ることが
大事なんじゃないかなと思います
そう考えると
日記を書くことと
一種の自己開示なのかなって
日記では
「こんなこと考えてました」
を見せる
セラピストでは
「本当はこんなことしてみたかった」
を受け止める
どちらも
普段は人に見せない
自分の内側にあるものを
少しだけ外に出してみる
その練習を
僕は毎日日記でしているのかもしれません
だから今日も
「この文章ちょっと恥ずかしいな」
と思いながら
投稿ボタンを押します
たぶん明日になったら
またちょっと恥ずかしくなるんでしょう
でもまあ
恥ずかしいと思えるくらい
ちゃんと自分の内側を出せてるってことで。
今日も恥部、公開しておきます。
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